2009年7月7日火曜日

地図を眺めてみよう!!(持続可能な低炭素技術開発)


地図を眺めてみよう!!

地図といっても低炭素な技術開発の探検地図

未踏峰の山脈、丘、湖が、あちらこちらに広がっている。


条件は
●低炭素
●循環型
●自然共生
そして
●安全・安心

目的地は
●気候変動の緩和
●気候変動への適応
●自然資本の回復と保護
●現代社会の抱える様ざまな問題解決
●持続可能な社会の構築

中間地点までの目標到達年限は
●約40年

現段階で地図に書き込まれている情報はこれだけだ!!

ルートを探して、答えを出すのは
僕達一人ひとりだ

--------------------------------
持続可能な低炭素社会の技術開発を言葉で書き表せばこの通り

持続可能な低炭素社会づくり
の全体像を
一枚の大きな地図として眺められるようにしたのが下の図!!
40年間で取り組まなければならない課題を
グリーンの実践項目
持続可能な技術開発の手法を
4つの社会像の輪から成る
図を用いて説明した。

この図の用い方は簡単
自分の取り組んでいる仕事や技術を
持続可能な低炭素ビジネスや低炭素技術に
革新していくためにはどうしたらよいのかを
この図の上に、どんどん書き込みながら考えていくというもの

考えられた持続可能な低炭素ビジネスや技術が
実際に、安全・安心で
自分達が取り組まなければならない
グリーンな実践項目と
どう関係してくるのかを
関係する線を
どんどん描いては消して
地図を使ってどんどん検証していく








例えば
電気自動車を例に見てみよう

電気自動車を持続可能な低炭素技術に近づけていこうとすると電気自動車はCO2の排出が少ないので低炭素、しかしエネルギー源として火力発電所の電力を使ってしまっては、逆にCO2の排出を増加させてしまう。
 そこで、エネルギー源に風力を使ってCO2を出さない自然エネルギーを使った電気自動車利用システムを考える。十分な立地条件を確保できるかの課題が残るが、このことは同時に、電気自動車システムが自然共生社会の社会システムであるという条件をクリヤーできる。
 さらに、電気自動車をどんどん大量に生産し続ける仕組みを作るのではなく、少ない台数の電気自動車を多くの人でシェアーし、壊れても大切に修理しながら利用するしくみとしての、カーシェアリングとリペアーのシステムを導入する。モノを大切に使う、資源を節約し、有効に使う。修理してメンテナンスされた
安全で安心な電気自動車を最大限に利用して、人の自由な移動を確保しながら、生産と資源を節約し、エネルギー消費によるCO2の排出を低下させる手法だ。
 実際には、公共輸送機関の活用や自転車や徒歩の利用など、さらに持続可能な仕組みも考えられるが、ここでは、いくつかの技術と社会技術を組み合わせることで実現可能な持続可能な低炭素技術の一例として風力+電気自動車+カーシェアリング・カーリペアーを提示した。

 さらに、この持続可能な低炭素技術が、5つのグリーンな実践項目とどのように関係づけらるのかを検討するわけだ。例えば、現代社会の問題解決の部分では、電気自動車を整備したり、シェアーしていくための社会の仕組みを整備できる、これによっていくつかの新しいグリーンジョブが生まれる。電気自動車は、ガソリンスタンドの経営という雇用環境を減少させていくかもしれない。このような取り組みが転換の事例になっていくのかもしれない。事実、事業所としての立地、給油設備や洗車設備、自動車のメンテナンス技術を経営資源として抱えるガソリンスタンドが、カーシェアリングへの転換を開始している。この場合、電気自動車の電力源に、グリーン電力を導入することも可能であろうし、給油所チェーンが、一括してどこかに風力発電所を自前で用意し経営するのも良いだろう。
 また、自然資本の保護と再生に関しては、グリーンツーリズムと結び付けた取り組みも有効であろう。田舎や山村で、排気ガスを一切排出しない電気自動車を走らせる取り組みと何らかの方法でつなげていくのも良いのではないだろうか?
 様ざまな関係性を地図の上にどんどん書き込んでいくことで
低炭素で、モノを沢山消費しなくても成り立つ経済を発見できるかもしれない。
現代の高炭素消費、資源浪費型の経済が徐々にクールダウンした後
活発に人間らしい生き生きとした活動が活発化する低炭素経済をこの地図を使って生み出していこう!!
 地図をつかって考えて、この部分が足りないんだよなと考えたなら
だれか、ここを助けてと、問いかけてみよう!!
 解決方法は、様ざまな人生と結びつた人間の頭の数だけ存在するはずである。

低炭素、循環型、自然共生、安全安心という関門の中で
現在の技術や社会の仕組みの中で
持続可能な社会という関門を通過できるモノは
非常に限られている。

しかし、限られた、技術や社会の仕組みを使って
人間が作り上げる社会の姿は、人と社会やコミュニティーの数だけ多様で広がりがあるはずである。

私達にできることは、この地図を使って、一つの狭い登頂ルートを発見し突破することである
その先に、どのような展開が待っていようとも恐れずに向き合おう!!

地図を眺めてみよう!!

今自分達が取り組んでいることが本当に”エコ”なことなのか

グリーンを実践していけるためには、どのような筋道をいくつ描けるのか

いろいろなことにこの地図を使って欲しい!!






2009年7月4日土曜日

地域とサテナビリティーの理論(3)

サステナビリティーに働きかける力(本気)

サステナビリティーに働きかける力とは一体どのようなものだろう

これまで説明してきたように
サステナビリティーが
私達の身近に常に存在し
私達の生活と社会を支えているのだとしたら

サステナビリティーに対してどのように働きかければ
サステナビリティーは、その働きかけに答えてくれるのだろうか?

私は、サステナビリティーには2つのモード(相)があるのではないかと考えている

一つは頑ななモード
サステナビリティーは持続性である。
持続性には安定性という一面が存在する

たとえば家庭のサステナビリティーを例にとってみよう

家庭のサステナビリティーの所在は
通常おとうさんやおかあさんという存在だ

世の中には変わったお父さんやお母さんもいるとは思うが
子供達にとってみれば
通常、親というものは頑固で融通がきかない存在だ!!

あれがしたい、これがしたいといっても 
簡単に、「はいそうですか」といくためしがない。

かたくなさとは、変化を嫌い、安定性を生み出す仕組みでもある。

何でも新しい変化に追づいしていては、
方向性を見失って安定性を生み出すどころではないからだ

でも、もし、子供の「これがしたい」という思いが

決していい加減な気持ちではなく
本気だったとき
親が何回言っても聞かず
どうしてもそれがやりたいと言い出したとき

私達は、何回か、その本人の本気を確かめた上で
「それほどまで言うなら話を聞こう」
ということになる。

私達親の心を子供が動かしたのだ

サステナビリティーには本気のモードがあるのだと思う

お父さんとお母さんの間で何らかの話し合いが持たれるかもしれない

サステナビリティーは本気になれば自らを変容させる力を持つ

サステナビリティーの持つ、
”頑固さ”と
”本気になる”という
2つの相が

安定性と
内部変容による環境適合性
を生み出し、
持続性という結果を生み出している

家庭に限らず、社会や企業、経済においても
この考え方は通用する

現在、会社や社会を支えている真っ只中にいる人は、
変化を嫌い現状の持続を維持しようとするだろう

一方で、
現状からはみ出した様ざまな課題を目の当りにすることの多い
弱者、周辺、境界部に存在する様ざまな人々、生き物、環境は
真っ先に、大きな変化の兆しを感じ、
時によっては、その変化の痛みに耐え切れず
中心に向かってメッセージを発する。

通常は、現状を維持することが忙しい中心部には、
その声は蚊のなく程度にしか響かないかもしれない

しかし、周辺部から発せられるメッセージは、
メッセージが発せられる理由があるからこそ発せられるため
理由が解消されない限り、徐々に大きくなっていく

このメッセージが中心部に届き、変化が確実なものだと中心部が確信したとき
はじめて、現状が変わり始めるのである

もし私達が周辺にいるのだとしたら、私達は本気で、
現状の社会を支える中心部にメッセージを
あきらめずに繰り返し伝え続けることが必要であり
私達のメッセージが本気であることを相手が確信し
本気になってもらうまで続ける必要がある

同時に、私達の努力についても、たとえ相手が本気になっても
現状が実際に好転するまで絶え間なく続けることがひつようだ

相手が本気になって、自分(達)が本気になって
一緒に、本気になって取り組みを始めれば、
私達は自らの立ち位置に立ったまま
世界を、いかようにも革新させうる
変わっていないのは、私達に突きつけられた条件と制約だけである。
条件と制約は、私達自身が変わることで、
その条件と制約に対して
私達が与える意味そのものが変わっていくのである




地域とサステナビリティーの理論は、革新を生み出していく
まだまだ一方通行な理論である。
本気になって自らが、相手と一体になって変わっていくため、
後戻りの道は決して用意されていない

もちろん、簡単な道ではないが
実は、案外、私達が日々続けている道でもある









地域とサテナビリティーの理論(2)

持続性(サステナビリティー)を生み出す仕組みとは?

大学院の修士課程の学生の時に、ある山村の調査を行った。
山の再奥の伝統的な集落で、人口減少せずに残っている集落だ。

もともと単独の村落として栄えていた集落で、
山林の共有組織としての森林生産組合と
自治組織としての”ムラ”が一体化していることで
自治的な寄り合いの仕組みが機能している

評定など、
集落(組合)で保有する山林利用の分配、
制限に関する取り決めを行うなど
現実的な問題解決能力をもった集まりが生きている

この集落の特長は、伝統的にその集落が利用してきた山林の共同所有と利用が、
集落の運営と一体化していることで、
多くの山村に見られるように
ムラ組織が形骸化し、過疎化し、限界集落化する方向性を
たどっていなかったことである。

社会の変化の流れの中で、集落が古い村落の形で持続されいると感じた


再び、話が飛躍するが
家庭や家族の中でも
同じように、
子供に関する問題や、両親や兄弟に関する問題、
家計の問題など、
数々の課題を話合い、解決する場がある。

夫婦の会話や会議、
家族会議である。
家族の中でや役割を決めて誰かが担当者となって解決する場合もあったり、
だれか一人が一方的に担当者にさせられてしまう場合もあるだろう。
また、時には友人や外部の力を借りることもある。

家が続き、家族が続き、家庭が続くためには、
やはり、内外の環境変化や課題を、
認知し、理解し、解決法を探り、解決策を実施する
(課題の内部化と展開)
仕組みを、私達は普段から活用している


老舗とよばれる長く続いてきた商売(お店)、
伝統的なムラ、
家、
家庭

長く続いてきたところ
身近な私達の生活の中に
持続性とその持続性を作り出す仕組みが存在している

ふと、気がついたことは
私達の生活や社会が、これまで示したような、
様ざまなサステナビリティーで支えられているということ

気候変動問題や持続可能な低炭素づくりについて考える中で
現在の社会が、よりスムースにしかも速やかに
新しい持続可能な社会に移行するためには

すでに、身近に存在していて、
現時点でも私達の生活を、様ざまな目に見えない形で支え続けている
サステナビリティーに、直接語りかけていくことが必要なのではないだろうか?



地域とサテナビリティーの理論(1)

サステナビリティー(サステイナビリティー)とは一体何だ?

持続性や持続可能性が、日本語訳だ

20年程前に、持続可能な開発という考え方から始まったこの言葉を
もう少し、目に見える形、

『ああ、このことね~』と理解しやすい言い表し方はないのか
ということを考えたのが


地域とサステナビリティーの理論でまずはじめにやることが
サステナビリティーの発見である。

サステビリティーが持続性だというなら

身近にあるものの中にサステナビリティーは発見できないだろうか?

例えば
長く続いてきたもの

長く続いてきたのなら、おそらくきっと、そこには持続性があるに違いない!!

お店だったら”老舗”はどうだ!!

以前、地元の商工会塾という講義の中で
ある地域の名門和菓子屋さん老舗の多くには
伝統は革新の連続である』という家訓が
共通して受け継がれているというお話を伺った。

長く続いてきたものが長く続くにはそれなりの理由があった

現在、老舗として残っているお店には、
様ざまな時代や社会、災害などの環境変化の中でも
外部環境の変化に対して自らを革新し
自らの商売を持続させたということ

外部環境を内部化し、
自らを革新したとも言える

長い時間、続けてきたならばなおさらのこと、
その繰り返しは、連続とも言えるほど
数多くのことであったに違いない

少し飛躍してしまうが、
現在、地球上に存在しているすべての生物も
同じように
数多くの環境変化に適応、進化(種としての革新)を繰り返し、
結果としての現在にいたっている

僕達自身も、他の生物も、一つ残さず、
すべて持続性をもった存在だ

経済学でいうなら、外部経済の内部化だ

結果として、将来生き残っている経済は
現在の、外部経済(外部環境)の変化を、
内部化し、
自己革新し、変化に適合し変容した経済が
生き残っているはずである

では外部環境の変化を内部化する仕組みはどうなっているんだろう?











2009年7月3日金曜日

低炭素社会と持続可能な低炭素社会(その2)

私が
低炭素社会と
持続可能な低炭素社会について
明瞭な差異を持って考えるよことができるようになったのは

いくつかの人との出会いと勉強のプロセスがあった

始めに低炭素社会という言葉を知ったのは
環境省2050年脱温暖化プロジェクトチームへ、自分達の商工会の取り組みをメールした時期
気候変動緩和策としての”低炭素社会”という概念に初めて出会った。

次に出会った人物は、茨城大学ICAS機関長の三村信男教授
気候変動適応策の日本のリーダーだ。

これによってただ単に”自分達が取り組んでいく未来の世界としての低炭素社会”という概念には
気候変動の緩和策と適応策という2つの概念が要素として含まれなければならないのだなということ
がわかった。

もう一つ、出会いという程ではなかったのだが、東京大学総長の小宮山宏先生
バイオマスアジアというシンポジウムで、基調講演をした時に聞いた話で紹介していた「地球持続の技術」という本を読んでみた。

セヴァン・カリス=スズキさんのスピーチも影響された大きな出会いだ。

色々な話、取り組まなければならない課題をまとめながら、少しずつ理解してきたことを並べると
おぼろげながら、浮かび上がった言葉が

持続可能な低炭素社会

このスライドは、僕達の商工会のエコの木プロジェクト部会、発足記念のワークショップで紹介した資料(2008年10月8日)








自分の中に
低炭素社会”と”持続可能な低炭素社会”という2つの概念が生まれた時に
この持続可能な低炭素社会をどうしたら作っていけるのだろう

自分達は何を動機にこの課題に取り組んでいったらよいのだろう

サステイナビリティーが、低炭素社会の理念であると考えるのはこの理由だ


2009年6月27日土曜日

低炭素社会と持続可能な低炭素社会(その1)

低炭素社会と
続可能な低炭素社会について(その1)

低炭素社会を考える上で、はじめに整理しておかなければならないことは

気候変動緩和策としての
低炭素社会
広義の低炭素社会社会の概念である
持続可能な低炭素社会
という2つの概念

低炭素社会学では、この両者を差異を含めて考えてみる必要がある。

もちろん、低炭素社会そのものが、まだまだ未知の分野
考えることを通して方向性を模索していこう。

この図は環境省の提示する
第二次循環型社会形成推進基本計画に示されている持続可能な社会に向けた取り組み展開の図である。


低炭素・循環型・自然共生という3つの社会像を統合することで持続可能な社会を作ろうという考え方


この図の読み取り方は、読み手の様ざまな視点によって変わってくると思うが

私の場合は
◎自然共生社会=自然の活用と保護・回復、人間自身も自然の一部であることの再認識
◎低炭素社会=エネルギーの節約
循環型社会=資源の節約
と理解した
この3つの社会像を同時に実現できる社会像(持続可能な社会)に近づけるように、
現在の技術や社会の仕組み、生活の仕方を転換していけばいいんだなと読み解くことにした。

私が自然共生社会・循環型社会・低炭素社会の3つの社会像を統合した持続可能な社会作りの概念について初めて触れたのは、
2007年6月に日本政府で閣議決定された21世紀環境立国戦略の中

第二次循環型社会形成基本計画は、このストーリーを政策に落とし込んだもの。




次に、示した図は、


茨城大学ICASのメンバーの方々が執筆して作った
「サスティナビリティー学をつくる」 三村信男・伊藤哲司・田村誠・佐藤嘉則編著  2008 新曜社


からコピーした持続可能な社会の実現に向けてという題名の図


21世紀環境立国戦略、第2次循環型社会形成基本計画に示された
3つの社会像に加えて


◎安全・安心社会
という4つ目の社会像が 3つの社会像の根幹として付与され提示された。


この4つ目の安全・安心が実は非常に重要な視点の展開


はじめに示されていた3つの社会像は
◎次世代をも含めた将来を見渡しての安全・安心を確保して行くための
低炭素社会・循環型社会・自然共生社会と位置づけることができる


一方で

実際にこの図をもとに持続可能な社会を構築していこうと思えば
◎安全と安心の確保という視点をおろそかにしては本当の意味での持続可能な社会の実現ではない
という理解もできるからだ


安全・安心社会という視点が提示されたことで、
エネルギーと資源を同時に節約する自然共生社会という視点

現在及び将来、未来のどの時間軸においても、
人間が安全で安心に暮らせることが
持続可能な社会の構築の前提に据えたれたわけである。

この安全・安心社会という視点を通して
無機質に感じられた3つの社会像に、人間や社会との関わりがしっかりと明示され

低炭素・循環型・自然共生型であっても安全・安心ではない社会
たとえば、
◎人間や他の生物の生命に有害な物質は放出していたり
◎児童など弱者の非人間的な労働で成り立つ仕組みで成り立っているなど、
社会やコミュニティー、人間性の否定につながる行為に直接的・間接的に繋がっているならば
本来の持続可能な社会の実現という理念から遠く離れていってしまうといった
構造も、この図式を使って議論することができる。
また、同様に
一度環境に放出されると、除去することが困難な放射性物質の問題や
利用する燃料のウランが枯渇資源である原子力エネルギーの問題についても、
安全・安心という視点を入れることでしっかりと
この図を元に議論することが可能である


安全・安心の視点は、ILOの提唱した
”グリーンジョブは、『健全で働き甲斐のある人間らしい仕事』であるディセントワークでなければならない”という条件
ともつながっており、

私達、人の安全・安心を意識し、確保していくことが
持続可能な社会をつくる取り組みの必要条件であることが解る。




次の
低炭素社会と
持続可能な低炭素社会について(その2)
では、さらにこの図を活用して、持続可能な低炭素社会について考えてみる


2008年2月21日木曜日

低炭素社会学をつくろう

低炭素社会って何?
低炭素社会で世の中はどう変わるの?
どうしたら低炭素社会ができるの?
それでは低炭素社会ができることで私達の人生はどう変わるの?

低炭素社会について、多くを語れる人はあまり世の中にいません。
もちろん、低炭素社会の学問だって、まだ、この世に存在していないはず・・・・

ならば、ここから始めてみよう!!

これが、このブログのコンセプト

完全なことは何もいえないけれど、自分なりに低炭素社会を作ろうとぶつかっていったものをここにまとめ、議論を広げ学問にしていくのが目的です

一つだけ重要なのは、この低炭素社会のイメージは、その理念にサステナビリティーが据えられていること。サステナビリティーは持続可能性のことだけれど、この低炭素社会にとっては、サステナビリティーは”社会をはぐくむ社会のたましい”そして”理念”であること。
これから生まれる社会をはぐくむ社会のたましいなら、そのたましいは、社会を作り上げる私達一人ひとりの思いが集まって生み出されていくもの

地球の有限性と大きな気候の変化を受け入れたサステナビリティーを私達が本来持っているサステナビリティーに結び合わせ、低炭素社会をはぐくむ新しいたましいをつくった時、いったいどんな世の中が生まれてくるのか。それを考えるのがこのブログの仕事です